| 幼少の頃は青森で祖父母と過ごしている時間が長かったので、私は完全におじいちゃん、おばあちゃん子だったんです。恋愛が大好きで、いつも恋の話しをいっぱいしていた祖母は気品に溢れ、凛とした人。私が仕事で落ち込んでいるときも、祖母に会いに行くと「そんなことはどうでもいいから、好きな人?」って言ってました。 3年前の冬、10年間乗り続けていた車が急にカビだらけになったんです。何かあったな、って思って。それがおばあちゃんの危篤の知らせでした。病院に行くとそこは色のない世界で、暗くて陰気くさくって「こんなんじゃダメ!」って身の回りをおばあちゃんの好きなピンクにしてシーツもパジャマも花柄、祖母の好きそうなキラキラしたものとか、ぬいぐるみとかでいっぱいにしたんです。病院からは、他の患者さんに迷惑です、って怒られましたけど。 祖母は亡くなる直前まで、新しい服の話やデートプランを話していました。私と従妹はいつも、なんでも話し女友達みたいな関係でしたね。私も従妹も祖母よりいい恋をしなきゃダメだな、って思いました。 祖母は好きな人たちとたくさんのお花に囲まれて亡くなりました。葬儀はとっても華やか。私は不思議なくらい悲しい気持ちにならなくて、あまりにも大切な人を失うとその人の力を引き継ぐように自分は強くなるんだな、ってそんな気がしました。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、それらの境界線が緩んで幸せの幅が広がっていくような、そんな気がしたんです。 祖母が愛した人たちはみんなパワーをもらって、いろんな奇跡が起こって幸せが広がる。私が独立を決めたのも祖母の死がきっかけです。祖母を亡くしてから私がつくったものは、祖母の好きな世界ばかり。急にいままで興味がなかったキラキラしたものが好きになったりもしました。祖母がこよなく愛した世界を表現していきたい。そうすることで、祖母にいつでも会える気がするんです。そばにいて褒めてくれるんじゃないかな、って。 |